シンプルに「体力」が重要だということ

体力の重要性について、年々強く感じるようになってきた。特に、トリガーになったのは子どもが生まれたことだろう。子どもを持ち上げたり、走って追いかけたり、肩車をしたり、寝かしつけのために長時間抱っこをするときなど、思っていたより力を使う。それまで、日常的に10キロを超えるものをパッと持ったりする機会はあまりなかったので、そういう意味でトータルの筋力的な負荷は高まったといえる。

自分の場合は育児を通して改めて再確認したわけだが、人間として社会を生き抜くうえで「体力」ってめちゃくちゃ重要だと思う。そもそも、「体力」は「体」の「力」と書くが、まずもって体そのものが人間の実体であり、このボディこそがまさに「自分」だ。すべての五感は体を通して得るものだし、この体が機能しなくなったときに人は死ぬ。ゲームのHPが感覚的には近い。

にもかかわらず、この体力の重要性があまりにも軽視され過ぎてはいやしないかい?ということに最近気がついた。論理的思考力?コミュニケーション能力?共感力?傾聴力?...いやいや、そんなことよりもまず鍛えるべきは体力である。普通に。だってなぜなら、仕事も遊びも育児も趣味も、まずはしっかりとした体力があるうえでの営みだから。体力がないと自慢のソフトスキルを発揮できる機会がないのである。

それくらい、体力は大事な要素であるのにもかかわらず、「とにかく、何をやるにしても体力が大事!」とちゃんと教わってこなかったように思う。体育の授業では球技のルールや体の動かし方は教わるが、「そもそもなぜ丈夫な体を作る必要があるのか」や「丈夫な体がもたらす、人生におけるメリット」といった、体力づくりの意義は語られない。あのうっすい体育の教科書の「はじめに」にまず書いておくべきだと思う。

そんなわけで、ここ数年は体力づくりに勤しんでいる。目に見えるほどバキバキではないし、なにかの動きに特化してトレーニングしているわけではないが、全身をうっすら鍛えている。一応プロテインも飲んでいる。そのおかげで普段の生活で体力的にしんどいシーンというのは、幸い今のところほとんどない。バキバキに仕上げたり、体を大きくするには、たくさん食べたり、効率的な栄養補給といった、さらなる努力が必要になる。今のところ、踏み出す勇気はないものの、育児が落ち着いたら手を出すかもしれない。バキバキに、なればばるほどいいからね。

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